めでたく明けまして 2007年♪
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「幸せ」というのは一瞬の感情を表す言葉だとか。
だから 幸せになりたい とか 幸せになろう とか
ではなく、幸せである瞬間に気づく事が大切だという事を
何かで読みました。
その瞬間瞬間を数で数えるとすれば
多ければ多いほど、幸せな人なのかもしれません。
美味しいお料理を食べても幸せだし、
布団に入る、その瞬間も小さな幸せ。。。
健康でいられているその事自体も幸せだと思うし。。。
全てが実は当たり前の事ではないから
そんな小さな幸せを感じられる瞬間を大事に
その瞬間に気づいて、
そして積み上げていけたらなと思っています。
私はおかげ様で、2006年は幸せ数の多い、
楽しい1年を過す事が出来ました。
2007年も自分にとってもみんなにとっても幸せ数の多い1年になりますように☆
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大正4年生まれの祖母は92歳。
足腰は弱ってきてしまっているけれど
元気元気☆、今回は祖母秘伝の
餃子を習いに行って来ました。祖母に
は習いたい料理がまだまだ沢山、
長野県生まれなので山の幸のお料理も
上手だし、北海道での生活も長かったので
海の幸の料理もとっても美味しい。
久しぶりに朝から夜までのんびり炬燵に入り
ながらおしゃべりも出来ました。
築50年の祖母の家には、
幼い頃の従姉妹達との思い出が
沢山沢山つまっていて、
今でも訪れれば必ず庭を一周、
家の中を一周。。。
家中に春夏秋冬、それぞれの
楽しかった思い出でいっぱい。
庭では沢山実っている柿を皆でもいだり、
池の鯉に皆で名前をつけたり、
(一番太ったオレンジと白のぶちはジミーちゃん♪)
落ち葉を集めて焼き芋なんて事も。
お正月には羽根つきも楽しみました。
縁側では小さなテーブルを出して
夏にはみんなで西瓜を食べ、
秋にはペンチで銀杏を割り、
お正月には座布団出して花札。
泊まれる時なんて、もう本当に楽しくて楽しくて☆。
昔の家なので、お風呂場がやたらと大きく
従姉妹が何人かづつに分かれて入り、遊びまくる。
早く出なさい!っと親達に叱られるまでは止まらない。
夜は10畳ぐらいの畳部屋が子供部屋と化して、お布団が
ずらぁっと敷かれるんだけど、誰が何処に寝るかで必ず一悶着。
祖母の家の近くには大きな公園があって、
お小遣いをもらってみんなでよく遊びにも行きました☆。
釣堀で金魚釣りを楽しんだり、
夏には水場でびしょびしょになるまで遊んだり、
ザリガニ採りなんかも。
お小遣いはだいたい伊藤博文さん1枚☆。
夏には必ず50円のアイスを20個購入、
駄菓子屋さんで好きなアイスをみんなで選ぶのが
いつも本当に楽しかったなぁ。。。
っと、思い出いっぱいの祖母の家、
冬は掘り炬燵になって、机には昔も今もやっぱり蜜柑、
何十年ものの壁掛け時計が、日常よりものんびり
とした時間を刻んでくれます。
そんな中で聞いた祖母の幼い頃の昔話、
それは今の子供達にも是非味わって欲しい
またまた沢山の魅力に満ちたお話でした☆。
祖母は長野県生まれ。
11人兄妹の下から2番目で、
今では兄妹で元気にしているのは祖母だけに
なってしまい、、。
幼い頃、祖母の尋常小学校時代、
家の前の田んぼには春になると、鯉の稚魚を放ったそう。
製糸産業が当時盛んで、繭のさなぎを粉にして田んぼにまいて
育てたとか。
秋になって田んぼの水を抜く時に、兄弟で田んぼに入り、
自分の背よりも高い稲穂を掻き分けながら、水が抜かれて
バタバタと飛び跳ねている育った鯉を、泥だらけになりながら
みんなで捕まえるのがすごい楽しかったそうです☆。
確かに聞いているだけでも面白そう~♪。
住んでいた場所は雪が深いし、海も近くにないので
冬のタンパク源としてとても貴重だったそうです。
家に持ち帰ると、祖母のお母さんが甘露煮にしたり
焼いた後に日干しして、保存食にしたとか。
また同じ時節にイナゴ採りもしたそう。
夕方になると、夜露を嫌うイナゴが稲の根の方へ
降りてくるので、それを袋いっぱい捕まえたとか。
袋いっぱいのイナゴは佃煮にしたり、1升いくらっと
いった感じで売ることも出来たそう。
私が小さい頃も、長野から送られてくるイナゴを祖母が
佃煮にしてくれてよく食べました。親がお弁当のご飯の上に
サヤインゲンで野原を描き、そこに飛び跳ねているイメージで
イナゴの佃煮をのせてきたもんだから、クラス中の子に弁当箱を
覗かれたり。。。小さい頃から食べていないと、足も頭も残っている
のでビジュアル的にきついかな、、。
晩秋、稲を刈った後の田んぼでは、今度はタニシが捕れるそう☆。
田んぼにぽこぽこ穴があくので、それがタニシのいるサイン。
やっぱり袋いっぱいに捕れたタニシを川へ持っていき、袋ごと
しばらく川に括り付けて泥出しをしてから、佃煮にしたそうです。
畑ではお野菜を栽培。野沢菜や大根でお漬け物も作ったとか。
お醤油は当時は貴重なもので、自家製のお味噌がだいたいの
料理の味付けに使われていたそう。なので、お醤油ベースの
料理が普段食べたくて仕方がなかったみたい。主食はお米の他に
おうどん、畑で作ったカボチャや野菜が沢山入った味噌仕立て
のおうどんをよく食べていたそう。そのせいではないけれど
祖母の作るおうどんやお蕎麦は今でも本当に具だくさん☆。
美味しいんです。。。これがまた。。。。。
そういえばお饂飩自体を作ってもらった事はないかも。
聞いてみて、出来るようならお饂飩打ちも習ってみようかな。。。
山にはいつも松の葉を兄妹で沢山採りに行ったそう。
というのも、その葉で煮炊きをして、その灰を畑にまいて、虫除け
にしていたとか。本当に昔の人の知恵ってすごい。
山では茸も沢山採れるんだけど、集中して生えている場所を
見つけると、それはうれしかったみたいで☆。あったぁ!っと叫んで
しまうと、兄妹に採られてしまうので、見つけたら心の中で喜び
ながら、必至に気づかれないように採りまくったそうです。
とにかく子供にとっては、家の手伝い=遊び という考えが
当然だった世界。何もかもが楽しくて仕方がなかったみたい。
聞いているだけでも確かにそりゃぁ面白いでしょう~っというような
事ばかりでした。
その後も女学校時代の話、上京して仕事に就いた時の話、
祖父とお見合いした時の話、新婚当時の話、結婚して祖父に
召集令状が届いた時の話、北海道へ疎開した時の話、
母や叔母達の小さい頃の事、戦後、祖父と始めた仕事の話。。。
パソコンやゲーム、テレビもまだまだ無かった時代。。。
沢山の話を聞いていて、考えさせられる事が沢山ありました。
祖母のが遙かに人生に対してハングリーに、そして濃く生きている
感じがします。祖母の人生は書こうと思えば分厚い本何冊にもなりそう。
逆に情報が溢れている現在、吸収しようと思えば、本当に多くの事を
学べる、吸収出来る環境にあるのに、それに目を向けていない自分が
なんか情けなくもなりました。。。
うまく言えないけど・・・。。。
その点、うちの旦那様のが私より遙かにハングリー精神旺盛かな。。。
何でそんな事まで知っているの!?っと思う毎日。祖母をはじめ
色んな事を教えてもらえる人がとっても身近にいてくれるのは
すごい幸せな事かもなぁって思います。祖母の人生に於いて
身につけた沢山の貴重な財産をこれからも習っていこうと思うし、
それがいつか、自分のものになってくれればなぁっと思います。
ってかなり長文になってしまったな・・・。。。。
とにかく。。。これからも頑張るぞ☆!
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